2008-12
そうちゃん 渡航の様子
そうちゃんのために温かいご支援・ご協力をいただいた皆様に 心よりお礼申し上げます。

<そうちゃんママが撮ってくれた記念写真>
母の戯言を好きに書けるこの場をおかりして、今日は綾子が担当させていただきます。
母から「そうちゃんの様子をみなさんにお伝えして」と言われたものの何を伝えようかと・・・。
そうちゃんの事ねぇ。う~ん、それは救う会で最新の情報があるからなぁ。
なので今回私がそうちゃんをアメリカへ搬送するにあたって関わったことの振り返りを書きたいと思います。あくまで私の視点から思った事、感じた事ですし、少しマニアックな内容かもしれませんがご了承ください。
心臓移植が決まって先生から声がかかってから約1ヶ月、あっと言う間に渡航日になってしまいましたが、当日はもっと“アっっっ”と言う間でした。
実は昭和大学横浜市北部病院が2001年4月に開院して以来、当院から移植患者を国外に搬送するのは初めてのことでした。
最初のミーティングで、リーダーの循環器医師富田先生から
『搬送チームの枠は5名を考えています。(たいていは医師2名+看護師1名の3人らしいです) 医師が3人、看護師1人、それとME(臨床工学技士)を1人の構成にしようと思うんだけど、どう?』と発表されました。
その時はなぜ私の職種が召集されるのか解りませんでしたが、そうちゃんのように人工呼吸器を必要とし、機械を使って持続的に薬を血管内に注入しなければならない種類が何種類もあり、更に非常事態に備えての高度医療機器を一緒に何時間もかかる場所まで搬送しなければならないとなると、必要なのかな~と思い移植プロジェクトチームに加わることになりました。
飛行機に持ち込んだ医療機器の数、何台くらいだと思いますか?
種類は7機種、のべ18台でした。
そうちゃんに常に接続していなければならない機器は8台。それ以外は適宜、または交換用、あとは大型のバッテリーです。(これ以外に小さなバッテリーは4個持ち込みました)
何故18台も必要だったのか、それは搬送中は供給電源がないからです。
救急車では必要最低限の機器の電源を供給してもらうことができましたが、機内はパソコン専用の電源で、そこから医療機器のために電力を直接取ることは許されておらず『必ず充電器を介してください』とJALから事前に忠告がありました。
医療機器以外に充電器を持ち込むとなると、これまた重たい機械が最低8台も増えます。それに電圧変動が予想されるため電力の安定供給は保障できないとのこと(当たり前ですよね)なので、それならばと 私は全ての機器をバッテリー稼動にして必要台数準備することに決めました。
だってせっかく充電器を購入して持ち込んでも(安いものではありませんし)、今回の搬送以外に充電器なんて使わないし“電力の安定供給の保障がない”という事が一番ひっかかりました。
そうしたら、全部で15台+外部バッテリー3台の計18台になってしまったのです。
バッテリー交換ができる機器は予備バッテリーだけ持ち込み、機内で私が適宜交換しました。交換できないものは外部バッテリーをメーカーから借用したり、機器そのものを何台も用意しました。外部バッテリーなんてすごく重たいんですよ。1台12kgもあってそれが3台必須でした。外部バッテリーの無い呼吸器なんて5台も持ち込みました。酸素ボンベは9本用意しました。
これを5人のスタッフで全部運ぶのは・・・そうです、到底無理ですね。
重たいのもそうですが、重量の問題以外に そもそも運ぶ手が足りませんでした。機内で使うものですからスーツケースに入れるわけにはいきませんから。
そうそう、往きのスーツケースはスッカラカンなのにかえりは相当キツキツに詰め込みました。昨日ロサンゼルス空港でチェックインする際に「お客様、預けるお荷物はお一人様32kgまでとなっておりますが、今回11kgオーバーになっております。次回からは気をつけてください。」と言われ、JALのご配慮で追加料金なしに積み込んでいただきましたが、でもこれ以外に手荷物で自分の鞄と外部バッテリー12kgを持ってたんです。一体何kgの荷物を抱えていたのやら・・・。自分の体重以上のモノだったに違いありません。
私を知っている方はもう想像がつくかと思いますが、小さい頃ずっと運動していたせいか体力もあるし、力も相当あるんです。
ロサンゼルスに着いて自分の手荷物を背負って呼吸器を1台肩から下げ、12kgの外部バッテリーを両手にそれぞれ1台ずつ計2台持って 機内から救急車までそうちゃんと一緒に移動しようとしている私の姿を見た先生に
「本当にたくましいなぁ。いつもガッツリ担いでる君を見ると心が痛いよ。俺は情けない。。。」
と言われました。そして先生が次に発した言葉は
「宜しく頼むな。税関のとこで待ってるから」でした。
『私 一応 女の子なのにな~、“力持ち”っていいやら悪いやら・・・。まっ、いっか どうせ誰かが重たい思いをして運ばなきゃいけないわけだし。』
と、気を取り直して移動。でも正直、手が痛かったです。。。
機内で使う機器が必要台数準備できればそれでいいわけでなく、それぞれの機器が機内で安全に稼動するか、はたまた飛行機の運航に電磁障害などの影響をおよぼさないかなどのチェックをしてもらうことも必要でした。当初予定していたいくつかの機器は持ち込みの許可が出ず、別の機種に変更したのも事実です。
飛行中の安全を想定して座席シートから落ちないように固定するべく工夫しなくてはなりませんでした。これにはホームセンターに2回も物色に行って、シートの大きさを考えていろいろ試行錯誤しながら寸法を取り適当な大きさのカゴに固定することにし、オリジナリティーあふれる医療機器安全固定セットができました。これは富田先生からMVP賞を頂きました。最高傑作だって! まぁきっとおだてられただけに過ぎませんが、少し役に立てたと実感できたので喜ばしいことではありました。「絶対に次のスタッフの参考になるよ。MEの移植コーディネーターとしてアドバイザーになれるかもね。」って。このカゴ作りの作業時間は楽しかったです。小学校の時の図工の時間を思い出しました。
もちろん日本での準備期間は私ひとりで全てをやったわけでなく、同僚みんながそうちゃんのために快く手を差し伸べてくれましたし、当日は上司の宮島さんが成田空港まで付き添いで来てくれました。搭乗口で別れる最後の最後まで私の手の届かないかゆい所を暗雲の呼吸でサポートしてくれました。彼がいなくては私ひとりで全部の機器を把握するのは絶対無理でしたし(当日はとにかく時間的余裕がなくて要所要所で機器の点呼をする暇が全くありませんでした)、飛行機に乗りこんだ後に忘れ物に気づいて青ざめていたかもしれません。同僚みんな、特に宮島さんには本当に感謝します。
実際搬送中の機内では呼吸器・酸素ボンベ・モニターのバッテリー交換がそれぞれ2~3時間おきに機器それぞれのペースで巡ってくるものですから、全然休めませんでした。機内食サービスなんて中座ばかりだったので食べた気がしませんでした。バタバタ動いていて全然着席しておらず、機内は乾燥しているせいもありますがひたすら水ばかり飲んでトイレに行っていた気がします。それでもそうちゃんがスヤスヤ眠っていたり、少し余裕が出てきて笑ってくれたらそれだけで安心&嬉しくて。
幸い大きなトラブルに見舞われることはなくロサンゼルス空港に着陸して、ロマリンダ大学のスタッフが機内に迎えに来てくれた時は本当にホッとしました。
そうちゃんもホッとしたのか、少しだけ向こうのスタッフの前でニコっと笑ったんですよ。
He is very cute. って言ってもらっていました。なんだか私が褒められたみたいで嬉しかったことを覚えています。
渡航前日のミーティングでは『状態は決してベストではない。だから当日朝5時半の採血データの結果次第で最終的に渡航するか決める』との事でした。なので 12月5日は朝5時過ぎに気になって目が覚め、そこからずっと起きていて出国~ロサンゼルス空港に到着、無事救急車に乗せて見送った日本時間12月6日5 時頃までの時間というのは、今までに経験のない速さで過ぎ去っていきました。無事に現地のスタッフにバトンタッチして安心したら眠さ限界で、空港からホテルまでの1時間半くらいは車の中で爆睡でした。
以上、恥ずかしながら私の珍道中をレポートしました。
今回同行した看護師は看護師なりの 医師は医師なりの視点から搬送を振り返っていると思います。もちろん反省会をする予定です。きっといろいろな意見が出て、次回(あるかどうかわかりませんが)に残せるように写真やリストを残しておこうと思っています。
最後に。
そうちゃん、しばらくはパパとママとロマリンダ大学病院の医療スタッフに囲まれての治療になるけれど心配ないからね。みんなそうちゃんに元気になってもらいたいと必死で頑張っているんだから、そうちゃんも頑張るんだよ。今までも十分頑張っているけどね、辛いけど 苦しいけど 頑張ろうね!
日本から私達スタッフはもちろん、救う会のボランティアの方々、そのお友達、そうちゃんの知らない沢山の人たちが、手術後の少し大きく坊ちゃんになった、元気なそうちゃんの未来像を想い描いて楽しみにしているからね♪ 応援してるよ~。
日本に帰ってくるのはいつになるかな~。。。
成田に帰ってくる時は、必ず迎えに行くからね。
上の写真は入院2日目に面会に行った時のそうちゃんです。
少しご機嫌ナナメだったけど、これが移植前のそうちゃんと私の最後のツーショット写真になりました。
そうちゃんのママさんが「記念に」とそうちゃん宅のカメラと私のカメラの両方で撮ってくださいました。
どうもありがとうございます。
ママさん、パパさんと力を合わせて、体調を崩さないように看病に励んでくださいね。
ブログの更新、楽しみにしています。
12/5と12/6のブログにもコメント付でそうちゃんの写真をアップしたのでご覧ください。


<そうちゃんママが撮ってくれた記念写真>
母の戯言を好きに書けるこの場をおかりして、今日は綾子が担当させていただきます。
母から「そうちゃんの様子をみなさんにお伝えして」と言われたものの何を伝えようかと・・・。
そうちゃんの事ねぇ。う~ん、それは救う会で最新の情報があるからなぁ。
なので今回私がそうちゃんをアメリカへ搬送するにあたって関わったことの振り返りを書きたいと思います。あくまで私の視点から思った事、感じた事ですし、少しマニアックな内容かもしれませんがご了承ください。
心臓移植が決まって先生から声がかかってから約1ヶ月、あっと言う間に渡航日になってしまいましたが、当日はもっと“アっっっ”と言う間でした。
実は昭和大学横浜市北部病院が2001年4月に開院して以来、当院から移植患者を国外に搬送するのは初めてのことでした。
最初のミーティングで、リーダーの循環器医師富田先生から
『搬送チームの枠は5名を考えています。(たいていは医師2名+看護師1名の3人らしいです) 医師が3人、看護師1人、それとME(臨床工学技士)を1人の構成にしようと思うんだけど、どう?』と発表されました。
その時はなぜ私の職種が召集されるのか解りませんでしたが、そうちゃんのように人工呼吸器を必要とし、機械を使って持続的に薬を血管内に注入しなければならない種類が何種類もあり、更に非常事態に備えての高度医療機器を一緒に何時間もかかる場所まで搬送しなければならないとなると、必要なのかな~と思い移植プロジェクトチームに加わることになりました。
飛行機に持ち込んだ医療機器の数、何台くらいだと思いますか?
種類は7機種、のべ18台でした。
そうちゃんに常に接続していなければならない機器は8台。それ以外は適宜、または交換用、あとは大型のバッテリーです。(これ以外に小さなバッテリーは4個持ち込みました)
何故18台も必要だったのか、それは搬送中は供給電源がないからです。
救急車では必要最低限の機器の電源を供給してもらうことができましたが、機内はパソコン専用の電源で、そこから医療機器のために電力を直接取ることは許されておらず『必ず充電器を介してください』とJALから事前に忠告がありました。
医療機器以外に充電器を持ち込むとなると、これまた重たい機械が最低8台も増えます。それに電圧変動が予想されるため電力の安定供給は保障できないとのこと(当たり前ですよね)なので、それならばと 私は全ての機器をバッテリー稼動にして必要台数準備することに決めました。
だってせっかく充電器を購入して持ち込んでも(安いものではありませんし)、今回の搬送以外に充電器なんて使わないし“電力の安定供給の保障がない”という事が一番ひっかかりました。
そうしたら、全部で15台+外部バッテリー3台の計18台になってしまったのです。
バッテリー交換ができる機器は予備バッテリーだけ持ち込み、機内で私が適宜交換しました。交換できないものは外部バッテリーをメーカーから借用したり、機器そのものを何台も用意しました。外部バッテリーなんてすごく重たいんですよ。1台12kgもあってそれが3台必須でした。外部バッテリーの無い呼吸器なんて5台も持ち込みました。酸素ボンベは9本用意しました。
これを5人のスタッフで全部運ぶのは・・・そうです、到底無理ですね。
重たいのもそうですが、重量の問題以外に そもそも運ぶ手が足りませんでした。機内で使うものですからスーツケースに入れるわけにはいきませんから。
そうそう、往きのスーツケースはスッカラカンなのにかえりは相当キツキツに詰め込みました。昨日ロサンゼルス空港でチェックインする際に「お客様、預けるお荷物はお一人様32kgまでとなっておりますが、今回11kgオーバーになっております。次回からは気をつけてください。」と言われ、JALのご配慮で追加料金なしに積み込んでいただきましたが、でもこれ以外に手荷物で自分の鞄と外部バッテリー12kgを持ってたんです。一体何kgの荷物を抱えていたのやら・・・。自分の体重以上のモノだったに違いありません。
私を知っている方はもう想像がつくかと思いますが、小さい頃ずっと運動していたせいか体力もあるし、力も相当あるんです。
ロサンゼルスに着いて自分の手荷物を背負って呼吸器を1台肩から下げ、12kgの外部バッテリーを両手にそれぞれ1台ずつ計2台持って 機内から救急車までそうちゃんと一緒に移動しようとしている私の姿を見た先生に
「本当にたくましいなぁ。いつもガッツリ担いでる君を見ると心が痛いよ。俺は情けない。。。」
と言われました。そして先生が次に発した言葉は
「宜しく頼むな。税関のとこで待ってるから」でした。
『私 一応 女の子なのにな~、“力持ち”っていいやら悪いやら・・・。まっ、いっか どうせ誰かが重たい思いをして運ばなきゃいけないわけだし。』
と、気を取り直して移動。でも正直、手が痛かったです。。。
機内で使う機器が必要台数準備できればそれでいいわけでなく、それぞれの機器が機内で安全に稼動するか、はたまた飛行機の運航に電磁障害などの影響をおよぼさないかなどのチェックをしてもらうことも必要でした。当初予定していたいくつかの機器は持ち込みの許可が出ず、別の機種に変更したのも事実です。
飛行中の安全を想定して座席シートから落ちないように固定するべく工夫しなくてはなりませんでした。これにはホームセンターに2回も物色に行って、シートの大きさを考えていろいろ試行錯誤しながら寸法を取り適当な大きさのカゴに固定することにし、オリジナリティーあふれる医療機器安全固定セットができました。これは富田先生からMVP賞を頂きました。最高傑作だって! まぁきっとおだてられただけに過ぎませんが、少し役に立てたと実感できたので喜ばしいことではありました。「絶対に次のスタッフの参考になるよ。MEの移植コーディネーターとしてアドバイザーになれるかもね。」って。このカゴ作りの作業時間は楽しかったです。小学校の時の図工の時間を思い出しました。
もちろん日本での準備期間は私ひとりで全てをやったわけでなく、同僚みんながそうちゃんのために快く手を差し伸べてくれましたし、当日は上司の宮島さんが成田空港まで付き添いで来てくれました。搭乗口で別れる最後の最後まで私の手の届かないかゆい所を暗雲の呼吸でサポートしてくれました。彼がいなくては私ひとりで全部の機器を把握するのは絶対無理でしたし(当日はとにかく時間的余裕がなくて要所要所で機器の点呼をする暇が全くありませんでした)、飛行機に乗りこんだ後に忘れ物に気づいて青ざめていたかもしれません。同僚みんな、特に宮島さんには本当に感謝します。
実際搬送中の機内では呼吸器・酸素ボンベ・モニターのバッテリー交換がそれぞれ2~3時間おきに機器それぞれのペースで巡ってくるものですから、全然休めませんでした。機内食サービスなんて中座ばかりだったので食べた気がしませんでした。バタバタ動いていて全然着席しておらず、機内は乾燥しているせいもありますがひたすら水ばかり飲んでトイレに行っていた気がします。それでもそうちゃんがスヤスヤ眠っていたり、少し余裕が出てきて笑ってくれたらそれだけで安心&嬉しくて。
幸い大きなトラブルに見舞われることはなくロサンゼルス空港に着陸して、ロマリンダ大学のスタッフが機内に迎えに来てくれた時は本当にホッとしました。
そうちゃんもホッとしたのか、少しだけ向こうのスタッフの前でニコっと笑ったんですよ。
He is very cute. って言ってもらっていました。なんだか私が褒められたみたいで嬉しかったことを覚えています。
渡航前日のミーティングでは『状態は決してベストではない。だから当日朝5時半の採血データの結果次第で最終的に渡航するか決める』との事でした。なので 12月5日は朝5時過ぎに気になって目が覚め、そこからずっと起きていて出国~ロサンゼルス空港に到着、無事救急車に乗せて見送った日本時間12月6日5 時頃までの時間というのは、今までに経験のない速さで過ぎ去っていきました。無事に現地のスタッフにバトンタッチして安心したら眠さ限界で、空港からホテルまでの1時間半くらいは車の中で爆睡でした。
以上、恥ずかしながら私の珍道中をレポートしました。
今回同行した看護師は看護師なりの 医師は医師なりの視点から搬送を振り返っていると思います。もちろん反省会をする予定です。きっといろいろな意見が出て、次回(あるかどうかわかりませんが)に残せるように写真やリストを残しておこうと思っています。
最後に。
そうちゃん、しばらくはパパとママとロマリンダ大学病院の医療スタッフに囲まれての治療になるけれど心配ないからね。みんなそうちゃんに元気になってもらいたいと必死で頑張っているんだから、そうちゃんも頑張るんだよ。今までも十分頑張っているけどね、辛いけど 苦しいけど 頑張ろうね!
日本から私達スタッフはもちろん、救う会のボランティアの方々、そのお友達、そうちゃんの知らない沢山の人たちが、手術後の少し大きく坊ちゃんになった、元気なそうちゃんの未来像を想い描いて楽しみにしているからね♪ 応援してるよ~。
日本に帰ってくるのはいつになるかな~。。。
成田に帰ってくる時は、必ず迎えに行くからね。
上の写真は入院2日目に面会に行った時のそうちゃんです。
少しご機嫌ナナメだったけど、これが移植前のそうちゃんと私の最後のツーショット写真になりました。
そうちゃんのママさんが「記念に」とそうちゃん宅のカメラと私のカメラの両方で撮ってくださいました。
どうもありがとうございます。
ママさん、パパさんと力を合わせて、体調を崩さないように看病に励んでくださいね。
ブログの更新、楽しみにしています。
12/5と12/6のブログにもコメント付でそうちゃんの写真をアップしたのでご覧ください。

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