スイーツなブログ

2009-04

いっきちゃん 渡航の様子

久しぶりの登場になりますが、今回また綾子がブログを担当します。
搬送記第2弾になります。
(第1弾は、こちらをご覧ください。2008年12月9日「そうちゃん 渡航の様子」
       

もう3日も前のことになりますが、4月15日に山保一己君(いっきちゃん)が心臓移植待機に向けてアメリカ ロサンゼルスへ渡航しました。
今回私の職種である臨床工学技士(ME)は現地までは同行しませんでしたが、日本でのミーティングや搬送シミュレーションには参加し、成田空港までの同行という形でいっきちゃんの搬送チームをサポートしてきました。

中澤聡太郎君(そうちゃん)は人工呼吸器を装着していたので、日本での入院中は毎日朝・夕の2回MEは人工呼吸器の運行点検をするために病室に入るので、そうちゃんとはそれなりのコミュニケーションが図れていたように思います。点検の際に少し時間があったり、処置中でない時は「あ、誰か来た!遊んで~」とそうちゃんが訴えていたり、たまにはご機嫌が悪い時もあったり・・・と色々なパターンはありましたが、点検を終えた後よくそうちゃんと遊んでいました。毎日毎日、看護師みたいに24時間というわけにはいきませんが、MEなりにそうちゃんの入院生活を見守っていました。
いっきちゃんは人工呼吸器を装着していませんが、それ以外はそうちゃんと変わらず沢山の種類の薬剤を注入量を微調整して渡航までの入院生活を懸命に且つ慎重に過ごしていました。そうちゃんは渡航の直前に感染症にかかってしまい随分辛い状況になってしまった背景があります。そのためむやみに不必要な人間が病室に出入りして感染の媒体になってはいけないと思い、私達MEはいっきちゃんの病室に入ることをずっと控えていました。
そのためいっきちゃんにはあまり顔を覚えてもらえていなかったと思います。

15日はだいぶ余裕を持って渡航の準備を始めました。10時頃からだったでしょうか。看護師と連携して機器をセッティングしていましたが、看護師は忙しく過密なタイムスケジュールをこなしていましたが、私は手持ち無沙汰の時間がほとんどで・・・なのでいっきちゃんの“お守り”と言い訳をして記念撮影をすることにしました。今日で当院からは退院。そうちゃんを抱っこできなかった分、いっきちゃんを抱っこしてつかの間のコミュニケーション。小さくて痩せていたけれど、いっきちゃん 温かかった~。
知らないおばちゃん(私のこと)が抱いても泣かないでいい子にしていてくれたし、カメラ目線バッチリの写真も撮れて満足です。
そんなこんなしていたらご両親がみえて・・・いっきに笑顔が広がるいっきちゃんでした。
やっぱりママにはかないませんね。

       

時刻は11時。地下1階の防災センター前に私が今回乗り込む伴走車が手配される時間です。荷物をどんどん積み込みます。先生方のスーツケース、救急車には持ち込まないけれど機内には持ち込む外部バッテリーや緊急使用の医療機器、そして予備機器。あといっきちゃんがアメリカで使うベビーカーもなぜか運びました。(先に出発した救う会の車に積み忘れたのかな?)でもそうちゃんの時に比べたら断然荷物の量が少なく、手早く積み込み終了です。
そうしたら運転手さんが「もう出発できますか?こちら(伴走車)に乗るのは女性だけと聞いているんですが、あとどれくらいで出発できますか?」と聞いてこられました。事前のミーティングでも随分検討された“①救急車と伴走車は一緒に出発する”か、それとも“②伴走車は少し早めに出発する”か? 結局“一緒に出発する”と決まったはずのに、連絡が行き届いていなかったらしく、運転手さんは「先に出なきゃ救急車はサイレンを鳴らすから速いけど、こっちはそれ(サイレン付救急車)に付いていけないから随分遅れる」と主張されます。運転手さんの言い分もよくわかりますが、こっちにだってまだまだ予定があって・・・。いっきちゃんを病室から救急車まで搬送しなくてはなりません。伴走車に機器だけ積み込んだからといって「じゃあ あとは救急車に乗るスタッフでよろしく~。先に成田で待ってま~す」って置いていけません。だからこの最初の出発時にだけすったもんだしましたショック それ以外はスムーズに搬送できたと思います。あと付け加えると、伴走車に乗るのは女性だけじゃないし、一体どこで間違った情報が伝達されたのやら・・・原因究明の反省会をしなくてはなりません。

最終的には伴走車が12時頃、救急車もその10分後くらいに出発したらしいです。救急車と伴走車は積載重量は同じくらいだしルートも同じ。ただ違うのはサイレンを鳴らして走行しているのか、いないのか。伴走車チームの私達は道中ずっと後方とサイレンを気にしつつ成田へ向かいました。しかし、走れど探せど救急車の姿・音は一向に近づいてきません。「今日はいい天気で風も強くないし、前(そうちゃんの時)と違って積んでる機器が少ないからスピードを上げると車が横転しかねないなんて心配もないしね。結構順調に走ってるから私達の方が早く着くかもね~」なんて車中は余裕な雰囲気。あれよあれよという間に成田空港の検問の所まで来てしまいました。そこで予定通り旅行代理店の方へ連絡を入れると「救急車はもう着いています」って!! なんでなんで、なんで~~?? どこで抜かれたんでしょう。とっても不思議でよくよく考えてみたんですが、
「きっと病院から高速に入るインターチェンジまでの間に既に抜かれていたんでしょう」
(病院からインターチェンジまでのルートは同じでなかったようです)
という結論に達しました。たった5km弱の距離で。サイレンを鳴らした救急車は本当に最速なんですね。運転手さんを別に疑ってたわけじゃありませんがゴメンナサイ、そう思いました。

成田空港には15時頃着く計算だったはずなのに、なんと14時前に着いてしまいました。(出発時間が予定より30分早まったのも理由の1つだと思います) なので、控え室ではゆっくり&のんびり様々な最終準備をすることができました。
救う会の代表の藤本さんをはじめ、いっきちゃんのおじいちゃん&おばあちゃん、パパ&ママのお友達など、沢山の人達がいっきちゃんを激励にいらしてました。
もちろん各社マスコミの方々も。
いっきちゃん、良かったね。みんな応援してくれてるから絶対に頑張ろうね
いっきちゃんはいっきちゃんであって、そうちゃんの代わりでは決してないのだけれど、でもどうしても 私は幾度となくそうちゃんを思い出して仕方がありませんでした。
「そうちゃんの時は・・・・・だったな」
「そうちゃんはよく・・・・・してたな」
「そうちゃんの時みたく・・・・・だね」
       

今回MEがアメリカまで同行しなくても大丈夫と思えたのも、そうちゃんの時に私が同行させてもらって機内の様子をよく覚えていたからです。
だから 同行しないならしないなりの準備が整えられました。もちろん100%ではなかったでしょうが、色々な場面を想定してMEが付いて行かなくてもバッテリー交換がしやすいように機器の安全固定セットを作ったり、配置を考えたり、緊急使用時の機器マニュアルも添付して、先生や看護師にレクチャーして送り出しました。搭乗口で見送ったあとは、成田空港までの見送りスタッフ3人で展望台に移動して、今まさに乗り込んでセッティングしているであろう飛行機を見守っていました。
17時頃、機内の先生から私の携帯に「無事に配置通り機器も人も納まりました。10分ちょっとで終わったよ。ありがとね」と電話をいただき、ホッとしました。
実は そうちゃんの時はこの機器のセッティングに多分、1時間半くらいかかっていたんです。確か17時前に 飛行機の準備が出来たとのことで、一般のお客様より先に最優先で機内に入り、とにかく必死で機器・物品などをハッチに収納したりシートに固定していました。アレがない、コレがない、アレを忘れた・・・などと、てんやわんやしながらも声をかけあってひたすら事態を収拾させることに必死でした。どれくらい時間が経っているのか、一般乗客が我々すぐ横を通って後ろの方の座席へ移動していたのさえ全然気づかず、機体が動いたため体勢を崩して初めて「えっ、私まだ着席してないのに。シートベルトしてなくても飛行機って動くんだ?」と思って時計を見たら18時半だったのを覚えています。それが今回は10分ちょっとで終了したらしいです。積み込んだ医療機器の数が違うといえども、経験とは素晴らしいものだと改めて学びました。

昨日(17日)19時半頃、同行した先生方が病院へ無事に戻ってこられました。沢山の機器を抱えて。ちゃんと私がお願いしていた通り、プチプチで丁寧に1台1台包んでスーツケースに収納して持ち帰ってきてくださいましたので、今日(18日)全部点検してみましたが、全て異常なしでした。 (2台だけ電源コードの安全試験がNGでしたので交換しました)
メーカから借りていた機器の中に細かい物品があって「これはもしかしたら無くなって返ってくるかも。 その時はゴメンナサイをしよう。」と思っていたのですが、紛失等も一切無く胸を張って返却できます。

最後に いっきちゃんへ
ロマリンダ大学でもそうちゃんと同じ病室に入院したこと、昨日帰国された先生に聞きました。
日本での入院中も そうちゃんと同じお部屋だったもんね。
きっと いっきちゃんの傍には、ずっとそうちゃんがついていてくれるから大丈夫だよ。

残念ながらそうちゃんは辿りつけなかった移植手術、いっきちゃんならきっとその日を迎えられると思うし、乗り越えられると思う。みんなみんな、本当に沢山の人達が応援してるから絶対に元気になって帰ってきてね。
約束、指きりげんまんだよ~!

       


  • shirahama
  • | 投稿日:2009年04月18日
  • | コメント (0)

いっきちゃん いってらっしゃい

そして 元気に歩いて帰ってきてね。

いっきちゃん


そうちゃんと同じロマリンダ大学へ旅立ちました。
何事も無く、無事に入院できることを祈ります。

二度とそうちゃんのような事態にならないように
付き添われた先生方も看護師さんも より慎重でしょうし
何といっても ロマリンダ大学の先生方、スタッフは
つい4ヶ月前には 同じ日本から 可愛いそうちゃんが来たことを
決して忘れてはいらっしゃら無いでしょうから
最善の努力をしてくれるでしょうね。

そうちゃん 

そうちゃんはほんとによく頑張ったのに・・・・・

やっぱり 

そうちゃんに逢いたかったなあ








  • shirahama
  • | 投稿日:2009年04月15日
  • | コメント (1)

初夏のような陽気な気候です。

署名にたくさんの方がご協力くださいました。
そうちゃんのママへ結局3回に分けて送りました。
最終的に1561名の署名が集まりました。
ご協力ありがとうございました。
署名をお願いする中で いろんな方とお話もできました。
お知り合いを同じ拡張型心筋梗塞症で亡くされた方や
さくちゃんの募金を一生懸命集めましたとおっしゃった方も
ご来店くださいました。
さくちゃんが亡くなったことをご存知無かったようでした。
日本で医療技術もあるのに なぜ多額のお金を用意し、
大きなリスクを抱えてまでも渡航しなければならないのか?
みなさん 意見は同じでした。
『日本で移植ができたら 生きられる人もたくさんいるのに、
だから 早く日本でできるようになればいいのにね』と・・・・・
せめて自らドナーになりますと意思表示しているのなら 
その意思を尊重して役立てて欲しいと思います。

国会議員の方々は たくさん勉強して、真剣に審議し、
早急に進めて欲しいです。
河野太郎衆議員議員のブログを呼んで見ました。
とても解りやすく書いてあります。
ぜひ 開いて見てください。

桜が散った途端、お天気が続き 日中は初夏のような日差しです。
私は 寒いのが苦手なので これからの季節が一番好きです。

いちごと日向夏みかんの加工、頑張ってます。
今年は今までで 一番色も鮮やかで綺麗です。

いちご園の久島さん、日向夏みかんの高橋さんに申し訳ないですから
素材を活かした美味しいスイーツに変身させます。
日南チーズロールの日向夏みかん、チーズクリームなのに
とても爽やかで、後味はさっぱり、美味しくできました。
いちごも作ります。
  • shirahama
  • | 投稿日:2009年04月12日
  • | コメント (0)

桜の花が満開です


3月は雨も多く、後半は気温が下がり、冬に後戻りしたような感じでした。
せっかく咲いた桜も 花びらが落ちていき、葉っぱが出てきました。
八重桜が咲き始めましたが、ソメイヨシノは今週でお花見も終わりでしょうね。
去年植えた会社の桜は 今年は咲きませんでした。

ご来店のお客様や友人・知人・知り合いの方々にお願いして
何とか1,240名余りの署名を集めました。
思ったのは 声を掛ければほとんどの方がみなさん書いてくださるのですが、
やはり中には何も応えられずに署名されない方もいらっしゃいました。
そんな方の気持ちって、何なんだろうと思ってしまいました。

きっと 全国から署名が集まったでしょう。
一刻も早く 日本で移植ができるようになり、
幼い命が助かるようになればと思います。
先進国・日本です。技術もあるのですから、
そして 「脳死が人の死」であることを理解できれば
不幸にして亡くなった方の命が
どこかで生きて、繋がると思えるようになるのではと思います。
小さな命ほど どこかで生かされて欲しいと
私なら思います。

春、3月半ばになると 日南はあちこちのみかん山で可愛い黄色のみかん
日向夏みかんが生っています。
収穫を迎えて 猿の軍団との争奪戦です。
今年も 宮浦の高橋さんに分けていただきました。
去年は 約1トン加工しました。
今日は290キロ仕入れてきました。
明日から 加工が始まります。

イチゴと日向夏みかん 
フルーティで甘い香りが工場中に広がります。
  • shirahama
  • | 投稿日:2009年04月01日
  • | コメント (11)